CREATE.書き物02
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「サイレント・メビウス」(仮題) 次のページ 04.11.05 up

-プロローグ-  朝  午前5時32分

 薄暗い部屋に安っぽいライターの石が削れる音がする。
 ため息と一緒に、朝倉昌吾は煙草の煙りを吐いた。やっぱりこの時間に目が覚める。そう思いながらうまくもない煙草を吸う。
 今日からはこの時間に起きる必要はない、そんな解放感と、もう会社から必要とされない虚脱感の中で、夕べはなかなか眠りにつく事ができなかった。なのに、この時間に目が覚める。
 朝倉はいつもの様に布団を半分に折り、煙草の残りを一息で、吐きすて、吸い殻でいっぱいになった灰皿にそれを潰し捨てた。
 いつもなら、時間に追われながらスーツに着替えるのだが、今日からその必要はない。そのためか、ふと何を着ていいのか、そんな単純な事でさえ迷ってしまう。とにかく側にあるセーターをパジャマの上から着込んで、立ち上がった。
 部屋はひやりと肌寒く、裸足の足の指が縮むのを我慢してキッチンに向かい、やかんに水を入れコンロに掛ける。
 いつもなら湯が沸く間に、新聞を取りに玄関に向い、その帰りに洗面所とトイレを順番に通過して、台所に向かう頃には、ピーとやかんが耳障りな声で鳴くのだが、今日はそんなスムーズな段取りを組む必要もない。ただ、じっとやかんが耳障りな音をだすまで待っていればいい。
 湯が沸くまでにこんなに時間が懸かるものなのかと、朝倉は時計を見た。薄暗い中、まだ時計の針は湯を沸かしてから一分と経っていない、そこで初めて部屋の電気を付けていない事に気付いた。部屋の暗さに自分の気持ちまでもが萎えてくる。
 そんな思いを振払おうと、部屋の電気のスイッチを押した。
 凄まじい爆音がマンションの一室を吹き飛ばした。その音に近くの木々で羽を休めていた鳥たちが一斉に飛び立つ。
 朝倉の体を爆音と炎が包んだ。

  -東京-

 昨日までの雨はもうすっかり上がり、気持ち悪い程に太陽が反乾きのアスファルトを照らしていた。生温い空気が街の隅づみにまで行き届いているかのように、アスファルトにしみた水が乾いてゆく。
 もう太陽が空のテッペンにまで届きそうな時間になって、やっと相原真司は布団から起き上がった。がまた布団を被り二度寝の体勢に入って行く。
「ちぇっ、起きちまった」
 真司は布団の中で呟いた。
 二週間振りの休みを寝て過ごそうと、昨夜決心した筈なのに、やっぱり五時間程の睡眠で目が覚めてしまう。
 しかし、今日と言う日は何があろうと寝てやろう。そう心の中で呟き目を瞑った。
 ようやく二度目の睡魔が襲ってきた所で、電話のベルが部屋の静けさに終わりを告げた。
 真司は布団からはい出て、ほふく前進さながらに、受話器まで近ずき、受話器を取った。
「はい・・・」
 寝起きの為か、声が掠れてあまりはっきりと出ない。
「いつまで寝てんのよ」
 寝起きの耳には、馴染めない大きな声が帰ってきた。
「今、何時?」
「もう二時半よ、早く起きてよ!」
 受話器の向こうでは、かなり慌てている様子が手に取る様に分かるほど、畳掛けてくる。
「今日はずっと寝るんだよ」
 真司は再び布団に入ろうと、受話器を持ったまま、今度はほふくの姿勢のまま、後ろに進みだし、布団に入った。
 この貴重な休みを他人に妨げられてたまるか。そんな想いが沸々と沸いてくる。
 それでもなお、受話器の向こうでは、苛立たし気に吠えてくる。
「ちょっと!早く起きなさいよ」
「うるさいな、切るぞ」
 言ってはみたが、自分から電話を切る事が苦手な真司には、電話を切る事などできない。その事を受話器の向こうでは承知しているのだろう、しつこく吠えてくる。
「ちょっと、約束と違うじゃない」
「何だよ、約束って」
「勘弁してよ、忘れたの」
 真司はけだるそうに、今の台詞がどういう事なのか、考えた。しかし、今日に限って、何か約束を取り付ける筈もない。その一点しか湧いてこない。
「いいわよ、そう」
 電話が切れた。
 何だったんだろう、そんなちょっとした疑問と、やっと解放された安堵感を抱きながら、三たび目を閉じる。
 その時、玄関のドアが勢い良く開いた。
 そこには、膨れっ面の高瀬敦子が、右手に持ったカギをグルグルと回しながら立っていた。

つづく    PAGE UP

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