CREATE.書き物02
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書き物の部屋へ戻る 04.12.16 up

 古びた三階建てのビルの前で、ため息を付く。何でこうなるんだよ・・・・。相原真司は隣の高瀬敦子の顔を伺いながら、心の中でそう呟いた。今日こそは、この稽古場から解放され、独りでゆっくり自分の体を休める、そう心に誓い、二週間休みない稽古にも耐え、この後の稽古を頑張って乗り切ろう、そう考えていた事が、全て敦子のおかげで水の泡になった。
 真司は、ため息を付きながら、稽古場への階段を、重い足どりで上って行った。
 敦子はと言うと、何が楽しいのか、鼻歌を奏でながら、軽快に真司の前を上って行く。その様子を後から付いて、けだるそうに上りながら、真司は何がそんなに楽しいのか不思議に思う。
 もともと、真司は稽古が好きではない、どちらかと言えば嫌いな方にはいる。
 真司は何時も思う、稽古さえなければ、本番だけできればいいのに・・・。そんな無理な思いを、真司はけっこうマジに考える事がある。
 稽古場の扉の前に着き、靴を稽古用の靴に履き替え、稽古場に入って行った。敦子はもう稽古場の中に消えている。
 劇団員たちがいない稽古場は、案外広く感じられ、真司は、いつも稽古しているこの場所がこんなに広い事に、驚きを覚えた。
 稽古場は、畳十五畳ほどの広さで、その端の一角に四人掛けのテーブルと椅子がある。 その横に冷蔵庫やら、電話やら、ファックスやらがあり、小さな流しも付いている。
 近くに銭湯もあるから、真司らは遅くまで稽古し、電車の終電間近になると、電車で帰る事を諦め、稽古場に泊まる事がある。そのためか、部屋の端の方には、寝袋や毛布までが
用意されている。
 また、部屋の壁側には、芝居で使う衣装や、小道具が段ボール箱に納められ、積み上げられている。
 そのため、団員達が芝居に使えるスペースは、だいたい八畳ほどだ。
 しかし、真司のいるレベルの劇団では、稽古場を持っている方が少なく、ましてや、稽古場としては、新劇や他の大劇団の稽古場を除いては、けして狭い方ではない。
「早く着替えなよ」
 敦子が稽古着に着替えながら、部屋の入り口辺りで、ぼけッと突っ立ている真司に声を掛けた。
「広いな、誰も居ないと」
「当たり前じゃない」
「こう広いと、何か、稽古する気が失せるな」
 言いながら、真司はテーブルの方に歩いて行き、疲れたと言わんばかりに椅子に腰を降ろした。
「始めから稽古、嫌いでしょ。部屋は関係ないじゃない」
 そう言われると何も言い返せない。会話のキャッチボールが成立しない気まずさに、違和感を覚えながら、冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出し、流しに置いてある自分専用のマグカップにウーロン茶を半分だけ注いだ。
「ちょっと、なに休んでんの」
 稽古着に着替え終えた敦子が、煙草を取り出そうとしている真司の手を止めた。
「吸い過ぎ」
 言いながら、真司から煙草をもぎ取り、それをゴミ箱に捨てた。
「何すんだよ、ああ、もったいな〜」
「いいから、早く着替えなよ、約束でしょ。自主稽古手つだうって」
「そんな約束したか、俺」
「何よ、昨日の今日で忘れたわけ」
 あきれ顔の敦子が、真司の鞄から、稽古着を取り出し、それを真司に投げ付けた。
 稽古場の壁には、次の公演のチラシが張ってあり、その下には、黒い太字のマジックペン
で、「本番まであと七日」と書かれた紙が、これ見よがしに張ってある。
 これが二十回目になる、劇団の公演を一週間後に控え、劇団では、二十回目と言う事もあ
り、今までには無い盛り上がりを見せていた。
 真司の劇団は今年で十年目を迎える、小劇場の中ではわりと有名な劇団だ。
 日本の演劇界はおおまかに分けると、規模の大きな方から、商業演劇、新劇、小劇場とま
あ、こんなぐあいに呼ばれている。商業演劇は主に東宝、松竹などの大規模な舞台で、入場料も一万円前後からとちょっと高めで、俳優に関しても、様々な俳優がキャスティングされ、例を上げると、「レ・ミゼラブル」などがある。新劇は主に俳優座や文学座、青年座、演劇集団円など、団員数も百人を超える大劇団を指し、小劇場は大学の演劇研究会や大劇団の養成所などを出た俳優達が集まって、小さな劇場で行っている劇団などを言う。
 しかし、小劇場から人気が出て、商業演劇の粋にまで来ている劇団や、集団が見られる今日では、商業演劇、新劇、小劇場などと、演劇の枠が無くなってきているのが今の演劇界の現状でもあり、新劇や小劇場などと呼ぶ事をナンセンスに言う言葉もある。
 そんな演劇界の中で、真司の劇団は、小劇場と呼ばれる劇団の中でも、わりと大きな劇団である。
 小劇場などの劇団は一公演ごとに、劇団員などがチケットノルマと言う方式で、製作費を作る。要するに、一人一人が三十枚から五十枚、多ければ百枚ぐらいのチケットを売らなければならないのだ。つまり、十万円を一人分のノルマとすれば二千五百円のチケットで四十枚売らなければならない。全部売れなければ、のこりは自分が払う事になる。そのかわりに、四十枚以上売れれば、一枚のチケットの数パーセントが帰ってくる。多く売れれば売れるほど、自分の負担が軽くなり、また劇団に次の公演の製作費としてプールされる。だから、人気のある小劇場の劇団は、客も入る上にスポンサーも付く、だから、劇団員がチケットを売らなくてもいい。自分の劇団の公演だから、宣伝はするにしても、自分でチケットを買ってくれと言う必要が
ない。
 真司の劇団もそれに当たる。しかも、ノルマがない上に稽古場まで維持できる収益があるのだけら、メジャーな劇団の一つにあたる。
 しかし、劇団の公演に出たからといって、商業演劇や新劇の様に、ギャラが出る訳ではない、だから、劇団員のほとんどがバイト生活をしている。
 今では、小劇場の俳優がマスコミでも活躍しているので、テレビや映画、CMなどのギャラで懐が潤っている俳優もいるのだろうが、真司はそうではなく、バイトで生計を立てている。
 劇団員の生活は、かなり大変だと言っていい。朝からバイトに出る。バイトの職種も皆それぞれに違い、また劇団によっては、稽古をおこなう時間も違う。それによって、バイトの職種も変わってくる。
 真司はと言うと、朝からビルの清掃のアルバイトに出かける。そして、バイトが終わるとその足で、稽古場に向かう。
 そんな生活を二週間続け、やっとバイトも稽古も休みと言う、ささやかな幸せを感じられる一日だった・・・はずだった。

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